京都から団体旅行九州団体旅行プラン京都から出発

平日10:00~17:30 土曜日隔週10:00~17:00

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1日目京都駅→博多駅→太宰府天満宮→九州国立博物館→百地(王貞治ミュージアム・ホークスタウン)→中州(泊)
2日目宿出発→明太子工場見学→明太子作り→博多駅→京都駅
1日目伊丹空港→鹿児島空港→廣八堂鹿児島工場(葛工場)→桜島物産館(昼食)→桜島フェリー→知覧特攻平和会館→鹿児島(泊)
2日目宿出発→西郷隆盛銅像や維新ふるさと館や城山展望台や鹿児島中央駅→京都駅
1日目伊丹空港→大分空港→別府(地獄めぐり・砂風呂)→別府(泊)
2日目宿出発→由布院→九重連山→黒川温泉(泊)
3日目宿出発→阿蘇山(大観峰)→熊本城→熊本空港→伊丹空港

九州の見どころ

福岡といえば、溥多ラーメンに水炊き、辛子明太子など、食べ物が思いつきますが、九州最大の歓楽街である中洲のネオン、屋台の赤提灯、又は、菅原道真ゆかりの大宰府、どんこ船で掘割をめぐる柳川、レトロな街並みが続く門司港などにも行け楽しみ一杯です。

戦後、韓国からの引き揚げ者が博多に帰り、韓国風に辛子を入れてタラコを漬け込んだことが辛子明太子の発祥とされています。

九州晨大の歓楽街。老舗や名店といわれる料理屋が多いことでも知られています。
東の「博多」、西「福岡」の問を取りもつ那珂川のデルタ地帯にあり、幕末から芝居小屋、茶屋が建ち、博多商人も福岡の武士も、ここで遊ぶようになったといわれています。戦前から戦後にかけては、中洲検番、東中洲検番の芸妓が色を添える花街として栄え、歓楽街としての歴史は今へと続きます。
中州

趣のある駅舎、アンティークの照明や案内板、青銅製の手水鉢などノスタルジックを醸し出しているJR門司港駅。関門海峡に臨む門司港はかつては本州から九州への玄関口として、また大陸貿易の拠点として繁栄した港町です。
今も町のいたるところに残る明治末期から昭和の近代建築は往時のにぎわいを伝えています。
門司港は、明治22年(1889)年に国の特別輸出港に指定されたことをきっかけに発展、門司港レトロ地区として整備されたエリアには、大手商社や銀行などの貴重な洋風建築物が点在しています。
門司港

その昔、唯一の外交貿易で栄えた港町、坂の町、世界平和を祈る被爆地。
グラバー園、大浦天主堂、孔子廟、出島和蘭商館跡など東西文化が融合した異国情緒を味わえる街。

旧外国人居留地の南山手にあり、日本がもっとも変貌を遂げたといわれる幕末から明治期の9棟の洋館を移築しています。
およそ3万ヘクタールの園内は、絵ハガキにあるような世界で、季節の花々が咲く花壇や樹木、噴水に取り囲まれるように白い洋館が建っています。
日本人が建てた建物は、一見洋風ながら瓦屋根など和洋折衷の造りとなっています。
重要文化財に指定されている旧グラバー住宅は、母屋に棟を継ぎ合わせた日本の寄棟造りの技法を採用しています。歌劇『蝶々夫人』の舞台として知られています。
グラバー園

復元した建物が点在する出島和蘭商館跡。
鎖国時代、日本における唯一の海外貿易の拠点となったのが長崎の出島です。
出島は、鎖国令によるポルトガル人のキリスト教布教を防ぐことを目的に、長崎港に造られた総面積15,000㎡の扇形の人工島です。
寛永13年(1636)に完成すると同時に、長崎に入港したポルトガル船の乗組員800人が入居。
出島を拠点とする貿易がスタートします。
約200年間にわたって海外との窓口として、多彩な品物、情報、文化を呼び込みました。
出島和蘭商館跡では、復元したヘトル部屋、一番蔵、二番蔵二番船船頭部屋、料理部屋の5つの棟と、出島史料館本館と分館、出島シアターなど全部で9つの建物を公開しています。出島令体のミニチュア模型などもあり、当時の様子をうかがうことができます。
出島

昭和20年(1945)、8月19日午前11時2分。この日は、長崎市民にとって永遠に語り継がれる日となりました。B29が投下した原子爆弾は、松山町の上空およそ500mで炸裂し、その犠牲者の数は、負傷者を含めておよそ15万人におよびました。当時は、「70年、草木生じることなし」とまでいわれましたが、戦後、復興のために多くの植物が植栽され、今は緑に包まれた閑静な町並みが広がっています。
平和公園


佐賀県

佐賀県北部、東松浦半島の突端に開けた小さな漁師町に、週末には6,000人もの観光客が訪れることも。
目当ては、イカの活造り。町内には15軒ほどのイカ料理の専門店があり、新鮮な活きイカを味わうことができます。
週末は1~2時間待つほど人気が高い。もともとイカの活造りを最初にはじめたのが、福岡市内の中洲にある本店。いけすに泳ぐイカをすくい上げ、刺身になるまでには約20秒で、この神業的な包丁さばきが、生きたままに近い状態を可能にしています。限りなく透き通った身は、コリコリとした食感で、かむほどにじわりと甘みが広がります。
流が速く荒波が立つ玄界灘と暖流の壱岐水道が育む呼子のイカ。夜、真っ暗な海に浮かぶ漁火を眺めながら味わうのも風情かあります。
呼子のイカ

清流沿いに湯宿が並ぶ日本三大美肌の湯で知られる温泉街です。
ここ嬉野は武雄と共に1200年前の『肥前風土記』に登場するほど歴史ある温泉地です。
江戸時代には長崎街道の宿場町として栄え、藩営浴場は武士や町人の人浴客でおおいににぎわっっていました。
現在は、嬉野川沿いを中心に40数軒の湯宿が点在し、多くの宿が立ち寄り湯客を受けていて、川沿いに造られた露天風呂や茶風呂など趣向を凝らしたさまざまな風呂を楽しむことができます。
嬉野名物の温泉湯豆腐を味わいつつ、のんびりと温泉めぐりを楽しむのも一興です。
嬉野温泉

大分県

大分県は、全国でも屈指の観光資源を誇る地域。なかでも、由布防のふもとに湯けむる湯布院は、ぜひ訪れたい湯の里です。
街歩きが楽しいのも、湯布院の魅力の一つで、田舎風情が漂う店先には遊び心の詰まった晶々が並んでいます。おもな観光施設は由布院駅から金鱗湖にいたる湯の坪街道周辺に集中していて、ほぼ歩いてめぐることができます。
ここから温泉王国といわれる別府までは車で30分、高原ドライブと温泉が満喫できるくじゅうまでは1時間ほどです。
湯布院・金鱗湖

別府は、源泉数、湧出量ともに国内第1位の日本を代表する温泉郷。1日の温泉湧出量13万7000kl、これは世界でも2番目に多い温泉湧出量です。
まさに「温泉大国」という言葉がふさわしいこの町の定番観光といえば、地獄めぐり。「地獄」とは、熱気、熱湯、熱泥が、すさまじい勢いで噴出する場所のこと。「豊後風土記」にも、1000年以上も前から、今の鉄輪と亀川の両温泉地周辺にいくっもの地獄があったと記されているくらいです。
湯の町別府

「九州の屋根」と称される標高1700m級の山々が連なるくじゅう連山と、そのすそ野に広がる飯田高原、久住高原一帯を「くじゅう」と呼びます。
阿蘇くじゅう国立公園に属するこのエリアの魅力は、北原白秋や与謝野晶子も歌に詠んだ大自然。
岩肌をそぎとるように川が流れる渓谷、四季折々に装いをかえる草原、そよ風に揺れる花々などを眺めながらゆっくりとドライブを楽しみたいところです。
くじゅう連山


世界最大級のカルデラを望む九州のほぼ中火に位置する熊本は、肥後五十四万石の歴史と伝統を受け継ぐ熊本市、県のシンボルをなす阿蘇山がそびえる阿蘇地方、海に囲まれた風光明媚な天草地方など、日本有数の観光資源に恵まれています。
なかでも、およそ30万年前から9万年前までに起こった大規模噴火により形成された阿蘇山は有名。
世界最大級のカルデラは、今も活動を続ける中岳をはじめ、振子防、高良、烏帽子岳、杵島岳の阿蘇五良を中心に、その周囲を標高900m級の外輪山が取り囲んでいます。
この複式火山を総称したのが「阿蘇山」です。

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世界最大級のカルデラをもつ阿蘇山一帯は、温泉あり、グルメあり、レジャー施設ありと、さまざまな楽しみ方ができます。
幾重にも折り重なる山々、緑が波打つ草原でのんびりと過ごす牛馬、名水が生まれる湧水地など、自然の息吹を感じながらゆっくりドライブをお楽しみください。
阿蘇山

阿蘇山の北、筑後川の源流沿いに、小さな温泉宿が立ち並ぶ小さな湯の里。
派手な看板を取り払い、周囲の自然に溶け込むような昔ながらの温泉街の風景を取戻したところから全国に名が知られるようになりました。
小国杉の谷間に、瓦葺きの宿がひっそりと肩を寄せ合うように建つ様子は、これぞ黒川温泉と思わせます。
個々の宿には、個性豊かな露天風呂があり、湯船にはこんこんと湧き出る良質の湯。宿ごとに専用の源泉をもっている黒川では、掛け流しが当たり前です。
黒川温泉

会社見学:「ドモホルンリンクル」や「痛散湯」で有名な「株式会社再春館製薬所」。会社の生い立ちや、独特の社風、販売戦略などを学んで頂くことができました。皆さん、売上高262億円を誇るこの会社の商品、何品あるかご存知でしょうか?「ドモホルンリンクル」7商品と「痛散湯」の合計8商品しか売るものを持たずこれだけの売上なんです。しかも卸しや代理店を通さず、全て直売に徹しておられます。本社屋も独特で、体育館のような広い(テニスコート10面以上)フロアに間仕切りも無く、コールセンター、事務員、役員や社長の席があります。商品開発も同じフロアでガラス張りです。 旅行会社の私としても色々学ぶことが多くありました。
会社見学:「味千ラーメン」の重光産業株式会社。味千ラーメンは全国に100店舗以上あるラーメンチェーン店ですが、普通じゃないのはなんと海外店舗数が450店舗以上あります。しかも、その半数以上は中国、ラーメンの本場でヒットを飛ばしています。その営業手腕などを学ぶことができました。

大阪城、名古屋城と並び、日本三大名城の一つに数えられる熊本城。
外敵から守る役割を果たした通称『武者返し』と呼ばれる石垣は有名。
加藤清正が7年の歳月を費やして築いた熊本城は、49の櫓と18の櫓門、29の城門をもつ堅固な城で、清正の死後、寛永9年(1632)に、細川忠利か入城し、以来明治まで240年間にわたって細川五十四万石の居城として安泰を誇りました。
本丸御殿や天守閣の修復には約47億円かけています。
熊本城

隠れキリシタン文化が息づく海に抱かれた美しい島。
大矢野島、天草上島、下島をはじめ大小およそ120の島々からなる天草は、「天草松島」と称される絶景です。 おだやかな海の景色とは対照的に、天草の歴史は波乱に満ちています。
中世から豪族が海外に進出し、16世紀にはキリシタン文化がもたらされました。元禄元年(1592)にはコレジョと呼ばれる天草キリシタンの最高学府『天草学林』が建ち、キリシタン伝道が盛んになります。
その後、江戸幕府しによる厳しいキリシタン弾圧と過酷な重税によって、天草・島原の乱が勃発した場所でもあります。
天草


九州最南端に位置する鹿児島県は、東シナ海に臨む薩摩半島、太平洋に面する大隅半島、屋久島や奄美大島など洋上に点在する大小の離島からなります。今なお火を噴く桜島や各地に点在する温泉などの自然はもとより、この地の文化や歴史は独自性か強く魅力たっぷりです。
鹿児島市では、島津斉彬をはじめとする薩摩藩主ゆかりの地や、明治維新の立役者として知られる西郷隆盛、大久保利通らにまつわる名所など、歴史散策を楽しむのも一つ。南には砂蒸し風呂で有名な指宿、北には温泉地、避暑地として名高い霧島もあります。
平成16年春の九州新幹線開業とともに、指宿、霧島方面への列車が増設され、従来より行きやすくなりました。

太平洋と東シナ海の間に浮かぶ屋久島は、九州本土最南端の佐多岬から南方およそ70kmに位置します。
世界自然遺産に登録された平成5年以降、全国にその存在が注目され、今では年間20万人の観光客が足を運びます。
島内の9割は原生林に覆われており、そこには国内の植物種の7割以上が生息し、樹齢数千年の屋久杉をはじめとする固有種は47種を数えます。
また、海抜0mから標高1936mの宮之浦岳まで標高を一気にかせぐため、通称[洋上アルプス]と呼ばれ、海岸線はガジュマルやハイビスカスなどが群生する亜熱帯性、一方で春まで積雪がみられる山間部は冷温帯性気候で、島内だけで九州から北海道までの気候が展開するという、驚異の自然環境をもっています。
屋久島の驚異的な生態系を代表するのが屋久杉で、通常、杉の寿命は500年といわれるなか、屋久杉は千年以上も育ちます。
屋久島・ウイルソン株

奄美諸島は、奄美大島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島という五つの島から成り立つ。そのなかで最大の面積を誇るのが奄笑大島であり、経済や文化、そして観光の中心である。サンゴが砕けてできたという自い砂浜の広がる北部、山間部に連なる亜熱帯広葉樹の金作原原生林と、海岸沿いに見られるマングローブ原生林が特徴的な中南部、さらに険しくも美しいリアス式海岸が続く南部と、起伏に富んだ地形とそこに展開する特異な自然環境が圧巻だ、また、この島はおよそ100万年前にはアジア大陸から分離したと考えられており、海に閉ざされた環境のなかで動植物は独白の進化を遂げ、多彩な生態系を生み出した。森には、アマミノクロウサギやルリカケスなどの国の特別天然記念物をはじめ、希少動物や固有種が多く、これが「東洋のガラパゴス」の異名をもつゆえんである。

古くは、日に向かう国と書いて「日向国」といわれた宮崎。街のここかしこに季節の花が咲き、フェニックスの並木が続く風景は、南国のリソート地の趣で、一昔前は新婚旅行の旅先として有名でした。
青島から都井岬まで風向明媚な景観が広がる日南海岸、渓谷美をたたえる高千穂峡や天孫降臨神話を物語る国見ヶ丘など見どころが多い高千穂はとくに人気です。

浜辺に湧く温泉熱を利用した全国的にもめずらしい温泉で、砂むし温泉による湯治は300年の歴史があります。
温かい砂の中に全身を埋めることで、血行がよくなり、汗とともに老廃物を排出し、腰痛、肩こり、リウマチなどに効能があります。
浴衣姿で浜辺に横たわり、係の人に砂をかけられると、10分もすれば汗がじんわり。全身にかかる適度な砂の圧力と、ほおにあたる潮風がここちよく、体中から汗が噴き出し、砂から出たあとの爽快感は抜群です。
指宿・砂風呂

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